スパイは、映画や小説のモチーフとして古くから人々の想像力を掻き立ててきた
「敵対勢力などの情報を得るため暗躍する諜報部員」である。

スパイの活動内容について、あまりに突飛な嘘や都市伝説もあるが、
中にはフィクション作品さながらの事実もあるらしい。

これから海外サイトでまとめられていたスパイに関する10の事実を紹介するので一緒に見ていこうではないか…。

 

10. 家族にも秘密

自分がスパイであることは絶対に秘密であり、家族間であっても例外ではない。

ある元CIAのスパイは、自分の仕事をセールスマンだと偽り、両親や恋人に対して嘘を貫き通したと告白している。

また、ハワイ在住という設定にして両親に話をしていたために、自宅に訪れることを断固拒否し続けていた。

何故なら、任務のためアフガニスタン在住だったからだ。

また、当然のことながら、子供にもスパイであることを明かせない。

2010年、ケンブリッジの某宅がFBIに襲撃された。

この時初めて、20歳のティム・フォリーと弟のアレックスは、両親がロシアのスパイだったことを知ったのである。

兄弟は、両親が何の仕事をしているのか知らず、出身もカナダだと聞かされていた上、両親が偽名で暮らしていたことも知らなかったし、
本名すらそのときに初めて知ったというのである。

 

9. 女スパイの体は取引の道具

女スパイが情報を聞き出すため、体で誘惑するというのは昔から続く常套手段である。

そんな女スパイの代名詞といえば、オランダ人のマタ・ハリの名が挙がるだろう。

彼女は、多数の将校と一夜を明かしてフランスの情報をドイツに流したとされるが、
逆に偽情報をドイツに流したという説もある。

どちらにしても、1917年にフランス法廷において「世紀のスパイ」として死刑宣告が下された。

その他、近年の例として、CIA諜報員シャロン・スクランジがガーナのスパイに誘惑されて、
ガーナ国内に潜むCIA諜報員の全員の名簿を流したため、少なくとも1人のCIA諜報員が殺害されたという事件がおきた。

 

8. 子供スパイ

スパイの代名詞といえば007のジェームス・ボンドであろうが、実際問題として、あんな伊達男であれば税務署などにいれば目立ちすぎて困りものだ。

場合によっては、どんな大人でも目立ちかねないため、子供のスパイの登場なのだが、それはあまり大っぴらにできるものではない。

なぜなら、国際法によって15歳未満の子供を武装グループ要因として雇用することは禁止されているのだ。

だが、15~18歳未成年ならあくまで「自主的」に参加する場合であれば認められる。

現実に子供スパイは、ソマリアやアフガニスタンなどで利用されていた事実がある。

また、北朝鮮の矯正労働収容所や東ドイツの国家保安省で、子供スパイによる友達や家族に関する情報の密告を奨励していたこともある。


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7. 自殺もまた任務

スパイは国家機密情報を持っている場合が多いため、敵の手に捕えられ、拷問などで国家機密を吐かされる可能性が高い。

そのためスパイは、敵の手に捕まるよるも死を選ぶため自殺用の錠剤を携帯している場合もある。

そんなケースの実例がある。

1987年、2人の北朝鮮のエージェントによって引き起こされた大韓航空機爆破事件によって115人の命が奪われた。

その犯人は、バーレーンで身柄を拘束されたのだが、隙を見てタバコに隠してあった青酸系毒物をかじり自殺を図った。

結果、2名のスパイのうち、男の方は死亡したが、金賢姫は一命を取り留めた。

 

6. 著名人セレブのスパイ

スパイは闇から闇に潜む闇稼業であるため、スポットライトを浴びるような世間から脚光を浴びるような職業は相反するだろう。

しかしながら、スパイでありながら有名人になる者もいる。

例えば、著名な料理家:ジュリア・チャイルドは、第二次世界大戦中にアメリカの戦略諜報局(OSS)で勤務して功労賞を貰っている。

また、「黒いヴィーナス」の愛称で親しまれたジャズ歌手:ジョゼフィン・ベーカーは、
観客の中にいるフランス人のナチス支持者を特定したり、ドイツ人将校の会話を盗み聞きしては、
透明なインクで楽譜にメモしたりして、フランスのレジスタンスを支援していた。

その他、12ヶ国語に通じ、司法試験に合格するほどの秀才であった野球選手:モー・バーグは、
日米野球の選抜として来日した際に、東京の街並みを撮影するなどのスパイ活動を行い、
その映像は米軍の空襲に利用されたらしい。

 

5. 人間以外のスパイ

人間が入り込めない場所にも行ける動物のスパイは実在する。

例えば、鳩だが、第二次世界大戦中では通信や上空からの撮影を行った。

また、イルカに海中の機雷探査を行わせるため、米海軍が訓練していた。

さらに、冷戦期にはCIAがカラスや猫を通信手段や生きた盗聴器として利用していた。

訓練などの手間など様々な要因により、減少傾向にあるのだが、非人間のエージェントは今でも存在する。

 

4. 強引な雇用

スパイを採用するに当たり、北朝鮮のような権威主義体制国家が強引な手法をとっていたとしても意外ではないだろう。

事実、学校の前に黒塗りのセダンがやってきて「工作員に選ばれたので、早々に荷物をまとめて乗れ」と強引に拉致されて、
任務にあたったので、と元女スパイは十代の時の出来事を回顧している。

しかし、民主主義国家であるからと言って安心はできない。

イスラエルのモサドに兄弟がいるというある人物のケースでは、妻子持ちで家庭を経済的にも支えなければならない彼を、
会社に圧力をかけ解雇させ、スパイになることを拒否できぬよう追い込んだという。

また、2002年にアメリカがロシアの防衛関連に勤務する職員を薬物入りの飲み物とクッキーで引き抜こうとしたとして、
ロシア連邦保安庁は非難している。

しかし、ロシア側もそれを逆手に取って、その後その人物をロシアの諜報機関で働かせ、アメリカ側に偽情報を流させていたのだと、
ロシア側は主張している。

 

3. 身分の乗っ取り

海外派遣中のアメリカ諜報員は、外交特権を得られる大使館職員などの肩書きを与えられることが多いのだが、
場合によっては、幼い頃に亡くなった人物などの身分を乗っ取ることもある。

イギリス警察が行ったおとり捜査では、運転免許やパスポートなどの身分証明書取得を容易に行うために、
1968~1994年までに亡くなっている80名の子供の身分を利用したという。


2. 任務のためには仲間をも殺す

通常、仲間同士は協力し合うものなのだが、スパイの場合は当てはまらない場面もある。

イギリスのスパイ:フレディ・スカッパチッチは、IRA潜入捜査任務の際、
IRAから信頼を得るため、仲間のエージェントを含む40人以上もの人物を殺したことがあるそうだ。

IRAも、よもやイギリスのエージェントを殺す人間までがエージェントとは思いよらず、フレディを信用したという。

 

1. 引退しても平穏は訪れない

国家機密を知ってしまったスパイ達は、引退後、必ずしも平穏無事な生活が送れるという保証は何もないようだ。

中には引退後、静かに暮らせるスパイもいるかもしれない。

だが、元CIAのジェイソン・マシューは引退後に不穏な日々に晒されたため、それに対抗するためにスパイ小説を執筆しているのだと語っているが、
まだ幸運な方のケースかもしれない。

元CIAのエドワード・リー・ホワードがロシア亡命して17年後の2002年、モスクワにいる時、階段を踏み外して首の骨を折って死亡したと報道された。

事故死と処理されたが、「消されたのではないか」という疑惑は残る。

ロシアの元スパイ:アレクサンドル・リトビネンコは、2002年にイギリスに亡命したが、2006年に毒殺された。

その犯人は結局判らずじまいだが、2名の元エージェントとの会食中に毒を盛られたのではないかとの専らの噂だ。

やはり、引退はスパイにとって静かな暮らしを意味しないのかもしれない。


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